圧し切り長谷部/Heshikirihasebe

「圧し切り長谷部」は、室町時代に作られた日本刀で、名工長谷部国重(はせべ くにしげ)の作とされています。

その名の由来は、持ち主であった織田信長が、ある事件でこの刀を用いて敵を圧し切るようにして斬ったことに由来します。

現在は福岡市博物館に所蔵され、国宝に指定されています。

長谷部国重について

長谷部国重は、南北朝時代から室町時代にかけて活躍した刀工で、

**来派(らいは)や青江派(あおえは)**の影響を受けたとされる名工です。

京都を拠点に活動し、繊細で華やかな作風を特徴としました。

彼の刀剣は武将たちに愛され、多くの名刀を世に送り出しました。

圧し切り長谷部の由来と逸話

この刀の名前は、織田信長が起こした**「茶坊主斬殺事件」**に由来します。

◇ 事件の経緯

• 信長の茶坊主の一人である杉谷善住坊が、信長の怒りを買い、斬殺されることになりました。

• しかし、杉谷が咄嗟に命乞いをしたため、信長は立ったまま斬るのは生ぬるいと判断。

• 杉谷を座らせた状態で、信長は刀を使って圧し切るようにして首を落としたと言われています。

• この時に使われたのが、**「圧し切り長谷部」**でした。

この逸話から、刀の名は**「圧し切り」**と名付けられました。

刀剣としての特徴

圧し切り長谷部は、長谷部国重の作風を色濃く反映した刀で、以下のような特徴があります。

① 刃文(はもん)

• **直刃(すぐは)**に近い、整然とした刃文を持つ。

• 刃文には繊細な**沸(にえ)**が見られ、研ぎ澄まされた美しさが際立っています。

② 地鉄(じがね)

• **小杢目肌(こもくめはだ)**と呼ばれる細かい地肌が特徴的。

• 美しい地鉄の肌目が均一に広がり、見る者を魅了します。

③ 造り込み

• **鎬造(しのぎづくり)**の刀身で、切先がやや鋭く造られています。

• 実戦向きの頑丈な造りで、信長の剛毅な性格にも合った刀だったと考えられます。

圧し切り長谷部のその後

◇ 織田信長から黒田家へ

• 本能寺の変で信長が没した後、豊臣秀吉の元に刀は渡りました。

• その後、黒田官兵衛(黒田如水)の嫡男である黒田長政がこの刀を拝領します。

• 長政はこの刀を大切にし、以後黒田家の家宝として受け継がれました。

◇ 現代への継承

• 明治時代を経て、黒田家から福岡市に寄贈されました。

• 現在は福岡市博物館に所蔵され、重要文化財を経て国宝に指定されています。

• 一般公開されることもあり、日本刀ファンや歴史愛好家にとって貴重な見どころとなっています。

まとめ

• 圧し切り長谷部は、刀工長谷部国重による名刀で、織田信長が使用したことから伝説的な逸話を持つ刀です。

• 信長が茶坊主を圧し切るようにして斬った事件に由来し、その名がつけられました。

• 黒田家を通じて受け継がれ、現在は福岡市博物館に所蔵される国宝です。

• 刀剣としての美しさと、歴史を物語る逸話が交差する、日本刀の中でも特に有名な存在です。

このように、圧し切り長谷部は歴史の生き証人として、現代にその姿を留めています。

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